【汚い川】映画寝ても覚めてもをアマプラで見た感想。スキャンダルな事件が勿体ないくらいの名作でした【夢は食われる】

映画
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こんばんは。最近はめっきり映画ばかりを見ているようでみていない僕です。

ここ最近、お前映画関係の記事ばっかやねん。つまらんわーと思いの方もいらっしゃるかといるのは重々承知の上ですが、

残念、今回の記事も映画でした!(CV喜多村英梨)

地下チンチロに参加する美樹さやか

え、元ネタがわかりづらいって、うるせーな。まどかマギカでも見てろっての

さて、今回の映画は寝ても覚めてもです。東出昌大さんと唐田えりかさん主演の恋愛映画です。

これも花束みたいな恋をしたで引用されている方が多かったので、その流れで見たのですがこれがまたリンクしておりまして、表現の仕方も素晴らしく、本当にスキャンダルのせいで曰くつきになったのが残念な限り。

中にはTofubeatsとか言う、主題歌も担当にしたのにネタにしまくるメンタル強者もいたけどな(いいぞもっとやれ)

そんな感じでダーティなイメージがつきものですが、事件と作品に関連はあっても全てではない。

そんな心持ちで感想の一つでも書きたいと思います。因みに映画としての表現に関する考察はこちらにも載せておりますので、興味がある方は見ていただけると幸いです。

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あらすじ

まぁ調べれば山ほど出てくるのでwikipediaより引用いたします。

大阪で社会人になったばかりの朝子は偶然出会った同い年の青年、麦(ばく)に恋に落ちる。

2人で遊ぶようになり、次第に付き合うようになる。

周囲に心配をされても麦との恋に夢中な朝子にはそんな事は気にならなかった。

そしてある日、麦は上海に旅立ったまま朝子のもとに帰って来なくなった。

3年後、朝子は東京に引っ越しカフェで働き始める。

そしてある日、朝子の働くカフェのビルにある会社にコーヒーを届けるとそこには麦にそっくりの男性、亮平がいた。

名前も年齢も性格もぬくもりも違う麦と亮平だが、その顔を見て朝子は胸は高まるばかり。

雪の降った日、朝子が貧血を起こし公園のベンチで休んでいると亮平が通りかかり自宅まで送り届けてくれた。

それをきっかけに2人は親しくなり、朝子は優しい青年、亮平と付き合うようになる。そして麦の居場所が分かったのはその後のことだった。

wikipediaより引用

1人の女性を通した二つの恋愛。そしてドッペルゲンガーとも言える人の邂逅。そして、忘れた人との再会と複雑な恋愛模様が描かれています。

フランスとの合作作品と言う事もあり、表現の仕方が非常にうまいのも特徴。また濱口竜介監督の商業作品のデビュー作としても有名です。

日本らしさの描写、東日本大震災等の社会的なメッセージ等、恋愛映画の枠を超えた非常に重厚な作品となっております。

また、第92回キネマ旬報ベスト・テンで4位に選ばれる等、非常に評価の高い作品です。

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花束みたいな恋をしたとの関連性

この作品を見たきっかけが花束みたいな恋をした。という映画です。興行収入も好調で映画ファンからも大絶賛されている当作品ですが、

これ寝ても覚めてもとの共通項があり、考察をするにあたりマストで見る映画だと感じました。主な共通項として

① 柴崎友香さんと言うアイコン

寝ても覚めてもの原作者が柴崎友香さん。実はこの方麦くんと絹ちゃんが双方好きな作家で、二人が意気投合をしたシーンでも名前が出てくる方です。

二人の距離が近くなるきっかけとなったのが柴崎友香さんであり、二人が好きだからこそ二人の世界観を垣間見る為にも当作品を見るのも面白いかもしれません。

単純に恋愛映画と言う共通項で比較するのもアリですが、こういった共通項から発展してみるのも面白いと思います。

② 川が大きな意味を為している

花束みたいな恋をしたは多摩川を舞台にしているため、川の表現がよく出てきます。川沿いを歩く二人、海での会話シーン。敢えて言うのならば先輩とのクラゲの撮影シーンもそういえるかもしれません。これは海ですけど。

寝ても覚めてもであれば、最後の亮平と朝子のシーンも川。川は流動性があり、流れゆくものと言うニュアンスがあり、別れを象徴するものとも言えます。

直接別れると言うシーンや言葉が無かったとしても、川と言う描写を使う事により別れと言う事を表現する事が出来ますし、予感として表現が出来るのです。

こういった事言っちゃうとお前ネタバレしとるやんけって言われそうですが、こういった表現を把握しておくという事は非常に大事なので敢えて書きました。

そしてエンディングがTofubeatsさんのRiver。この映画の核心として川と言う表現が非常に重要なのは確かだと思います。

tofubeats「RIVER」

この歌自体、当作品の盛大なネタバレとなっているので別に僕がネタバレどうこう言おうがしゃーないやんってなりそうですが。Riverと言う標題が付いている時点で

川と言うメッセージは当作品にとって重要なテーマとも言えます。

さて、花束みたいな恋をしたとの関連性はここまで。花束みたいな恋をしたのレビューはこちらに記載しておりますので、こちらもご覧いただけますと幸いです。

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奔放な恋、経験が少ない恋

衝撃的な出会いから知り合った麦(バク)と朝子。出会って4秒でキスと言う衝撃的なシーンからスタートしますが、結果として二人は一気に惹かれあい恋に落ちます。

麦がいなくなるまでの恋はまさに夢心地。ずっといちゃいちゃ出来るし愛情表現も豊富。このシーンだけ見ると少女漫画の王子様的な恋愛路線でしたが、突如として麦はいなくなる。

客観的に見て麦との恋は夢のような恋。まさに理想的でロマンティックでその恋そのものが夢だったとも言えます。

そういった夢から醒めた朝子は大阪を離れ東京へ。そこで麦にそっくりな亮平と恋に落ちます。

亮平との恋はまさに現実そのもの。着実な恋を育み、共通の友人にも恵まれ、幸せな日々を過ごすこととなります。最初は麦の事を忘れられず引き気味だった朝子も次第に亮平に心を移し、

その中で東日本大震災のボランティアに参加したり、亮平との生活に根差し始めた最中で、麦の近況を知る朝子。そこから昔見た夢を思い出すことになります。

しかし、麦もそこは同じ。最終的には朝子を連れ去り、と言ったように夢のような恋愛と現実の恋愛が交錯し、それに翻弄される朝子。最終的には麦の連れ去りに応じてしまうので、亮平との関係は破綻してしまいます。

このシーンにおいて非常に印象的だったのが、麦と乗る車の中で

亮平との恋は夢だった。

と。ここまでの現実路線との否定。ここにきてこのセリフかい!って思われた方も多いでしょう。また女性にとってはわかると思われるかもしれません。

しかし、どことなく根無し草なところがある朝子は、ロマンチストと言うよりかは恋愛経験がそんなに多くなかったのかとも考えられます。

恋愛をすればするほど、次第に現実に根付いていき、現実に根付くと言う考えもできますし、そこまで至らなかったかもしれません。

もしくはそれなりの恋愛をしていたとしても初恋と言うのは人にとっては大事な思い出。そういった意味で麦との恋愛は本当の意味で初恋だった。

しかも、それはセンセーショナルなもので刺激的な事だったのでより記憶に焼き付いたとも言えます。麦との恋愛はまさに夢見心地ではかないもの。そういった女性心をうまく描いているかもしれませんが、

とは言え女性全てがそういう夢見がちと言うわけでなく、一度関連性をきづいたら現実的なものになるもの。例えば花束みたいな恋をしたの絹ちゃんは、理想を考えながらもどこか現実的だったりしますし、麦(むぎ)くんは現実も捉えながらも、過去に捕らわれていたり、現実を認識できていなかったり。

あくまで僕の見解ですが女性よりも男性のほうがよっぽどロマンチストだと思っていますしね。

寧ろ、同じ男女の表現であったとしてもここまで真逆なのも面白い。

正直、この寝ても覚めてもと言うタイトルは夢と現実、どちらに好意を持つと言うニュアンスもありますが、

個人的には寝ても覚めても、夢か現実どちらかがわからなくなるような恋

と考えております。結局麦にはついていかず、亮平のもとに戻ろうとする朝子。この時点で麦との恋愛は夢だったと言う結論に至りますが、そういった夢と現実の曖昧な線引きをこの作品はうまく仕上げています。

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麦がバクと言う読み方への解釈

この主人公の麦と言う名前。バクと読むのですが、なんでこんな特殊な名前なのか。という事も気になりました。今回の寝ても覚めてもが夢と現実の狭間と言う事から考えると

動物のバクとのダブルミーニングであると結論付ける事が出来ます。

バクは昔から夢を食べる生き物であり、亮平と描いた夢を食べてしまったとも考えられます。

事実、作品の描写の中でも亮平はバクと聞いて、動物のバクと勘違いしてましたし、

その後もバク(動物)の画像を検索していることもあり、麦そのものが夢のような行為を破壊する象徴であり、この名前にしたのかな。と考えられます。

恐らく柴崎友香さんも濱口監督も亮平との夢であり、その夢が覚めた後の存在が麦であったとも考える事が出来ます。その確証があのシーンだったと言えるかもしれません。

しかし、あの映画を見た方にとってどっちが現実でどっちが夢なのか。その解釈は別れると思います。そうした解釈が分かれる映画は非常に名作と言うのは個人的な意見ですが、

非常に考察にとんだ映画だとは思っています。そういった意味でバクと言う名前も映画の標題も被所によく練られたものだと思います。

そして、朝子と言う名前も夢と現実の分かれ道である朝からとっていると言う考察も可能です。

夢と現実が混ざり、意識が根無し草になりがちな朝。

名前の付け方も素晴らしさしかありません。

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亮平の最後の発言に関して

バクからの夢から朝子は亮平の所に戻ろうとするのですが、不貞を働いた以上受け入れてもらえるはずもありません。拒絶をされ続けるのですが、最後のシーンで二人でようやく話す事が出来ます。

場所は亮平の家の二階。川の見える部屋でのシーンとなります。

二人も見つめる事もなく二人が見つめていたのは川。そんな中で印象に残ったのが亮平のこのセリフ

汚い川だな。

川と言う流れは二人の恋愛の象徴のそのもの。それを汚い川と言う一言で表現とも言えます。

今までは川のキレイさに関する表現はなかったのですが、ここに来て麦という亮平にとっての汚い存在が一気に汚してしまった

二人の恋愛は汚れてしまったとも解釈する事が出来ます。しかし、ここで更に疑問に思ったのが、川と言う隠喩を表現しつつも二人の今後を描かず終わってしまったという事。

単純に川と言う表現で別れを表すこともできますが、正直まだ好意があり受け入れている以上、

二人の関係が続くような終わり方でもありました。永遠に交わる事もない、見つめあう事もない。そんな愛。そういった意味でも夢のようなとも言えます。いいものだけが夢じゃないですから。

そういったどちらともとれる終わり方もこの映画の考察性を上げるでしょう。

この映画をシュレーディンガーの猫と解釈した方もいらっしゃいます。麦との恋愛の可能性、亮平との恋愛の可能性。双方が発生する可能性が内在すると言う意味で言いえて妙だと思います。

そして、最後は二人が関係を続ける可能性、終わる可能性。双方が内在する結末。

最後は形を変えてシュレーディンガーの猫を表現した良作とも言えます。

個人的にはこの考察が非常に好きでした。二人の関係は恋でなく愛だったと言う解釈。なるほどなと思いました。他にも面白い考察があるのでこれを機に読んでみるのもいいかもしれません。

【寝ても覚めても(ネタバレ)】川を眺めながら終わる意味を考察!なぜ亮平に目もくれず麦を選んだ?ボランティアをする真意とは
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棒読みの演技に関して

特に東出昌大さんに言える事でしたが、この方棒読み演技に定評がありますが、この作品に関しても棒読みなのは確かでした。

1人2役と言う難しい役どころなので余計に粗が出てましたが、この映画自体がサスペンスのような要素があり、非常にマッチしているなと思いました。

それでも棒読みが苦手という方は見ない方がいいとは思いますが、僕は途中から慣れました。

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寝ても覚めてもを見る事が出来るVODサービス

定額で見放題のところは4つあり、最安はAmazonprimeです。かと言え今はVODを登録されている方も多いので、自分が登録しているサービスで見るのも良し、新しく見るのも良し。

参考にしていただければ幸いです。

◆ Amazon Prime ◆

月額550円で年支払いは更にお得です。

Amazon Prime

◆ dTV  ◆

月額550円でdポイントも使用可能。ドコモユーザーの方におすすめです。

◆ Netflix ◆

プランによって様々。海外映画に強く愛の不時着や全裸監督など独自コンテンツが多いのが特徴。

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◆ U-NEXT ◆

月額2189円。アニメと国内作品に強いのが特徴。この中で唯一ムフフなコンテンツも見放題なので特に男性にも向いています。

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まとめ

スキャンダラスな事件が原因でミソがついてしまった同作品ですが、作品としては非常に傑作なので是非とも

見てみそ(黙れ)

と、お後が悪いようなので久しぶりに聴いてよかった曲を載せておきますのでお許しください。

不可思議/wonderboy – Pellicule (Official Video)

じゃーねー。

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